勃起


プイグ「ブエノスアイレス事件」を数日前に読み終わった。

電話で喋ってる片側の人の声だけとか、警察の取り調べ記録とか、出来事と全然関係ない登場人物達の頭の中に思い浮かんでる内容とか様々な形式の記述方法によって、何が起きているかは一見あえて見通し辛く、各人物たちの濃い存在感も出来事の臨場感も生々しく「事件」が進んでいくという、手法として凝りに凝った感じで、なるほどとも思うが、これは上手くいってるのかいってないのかは、自分にはよくわからないけど、楽しかったことは楽しかった。


この作品で個人的にいちばん印象的だったのは中盤までの、グラディスやレオといった登場人物の過去、とにかくこのレオという男の性的欲望がものすごくて、とくに男娼をレイプしてそのまま殺してしまうシーンなど、あまりの凄惨さに、読んだ直後はけっこう精神的に凹んだ。レオという登場人物はたぶんサディスト的というか、相手と合意が成立すると失調し拒まれると昂まるような嗜好があるのだが、それはともかく、ナイーブなようだが男であることはこれほどまでに罪だろうか、とさえ思って、暗澹たる気分になってしまった。勃起したペニス、その欠落感、不足感・不満感が、対象を問わず他者への慮りもなく完全に単独的な衝動として生成されて、そういうのを根拠に行動を組み立てようとするのが男なのであれば、それはもう存在しているだけで罪ではないかと。快感が、そのまま他者への暴力であって、その同居が成立してしまえる。私が歓びを感じるときに、お前は苦痛を感じる、お前の苦痛が私の歓びだということではなくて、はじめから他者の痛みが織り込まれている。相手が倒れてる傍らで男が一人で喜んでるだけみたいな。。


まあ古典的といえば古典的なイメージだが、暗澹たる思いで、はーっとため息をついたりもしていて、ある意味そんな思い詰めかたをしたくなるほどに、この男性のむかつくような欲望の鬱屈と発散が生々しく描かれているのだ。なので、そんなモンスターのレオが自らの欲望に翻弄されながら大暴れしている中盤までがやたらと面白くて、後半の事件が前述の手法で細々と描かれだすと、どうにもやや退屈に感じられてしまったのであった。