箱根day1


DVD返却のためツタヤまで歩いてまた駅に戻る。箱根湯本行きロマンスカーの発車時刻まで、あと一時間ほどある。朝の九時を過ぎたばかりの駅構内は通勤客同士の殺気だった雰囲気がようやく薄れ始めてはいるが、人の行き交いは相変わらず激しく混雑しており、そして暑かった。猛烈な暑さで、今歩いた数十メートルだけで虚脱感につつまれて呆然となった。開店したばかりでがら空きのドーナッツショップに避難して発車時間を待った。窓の外はまさに炎天下の、無音のまま白く燃えているような光の洪水である。


発車時刻となり動き出したロマンスカーは特急とはいえメトロの線路を走っていて窓の外も真っ暗、所要時間も千代田線と一緒である。代々木上原に着く頃ようやく地上に出て旅行らしくなる。本日の朝食兼昼食としてあらかじめ買ったサンドイッチ各種と白ワインの入った保冷水筒を出す。このワイン、自分基準ではけっこう高価なやつである。ふだんなかなか開栓する機会もないし、こんなときなら丁度良かろうとおもって今朝水筒に移し換えて持参した。一口飲んで、え?!となった。まさか、まさか、ついに僕にもそれが当たったのか?ブショネ?傷んでる?もう逝っちゃってる?と思った。そういえば朝、抜いたコルクは下三分の一くらい液体が浸み込んでいて保存状態が危ういようにも思えたのだが、器に注がれた液体は、まず色がウィスキーのような琥珀色と化しており、香りも味わいもなかなか微妙である。複雑といえば聞えが良いが、もはや雑味が勝っていると考えた方がこれはよくないか、しかし飲めたものではないと断言できるほどでもなくて、ますます混乱して悩む。かなり個性的だが、これはこれで、アリかもしれないとも思えなくもない。ヴィンテージは2005年。取り急ぎスマホにて同銘柄を調べたかぎり、やはりというか自然派の生産者で、数年間かけて強烈に熟成させる製法ではあるらしいので、果たしてこれがその成果なのか不幸なる失敗の残滓なのかはわからないが、まあ自然派というのは得てしてこういうもの、リスクを含むもの、自然派ファンならむしろこういうのをこそ喜ぶかもしれないものなど思いを巡らせつつ、最終的に、これはこれと納得した上で大人しく最後までいただくことに決めた。しかし自然派、とくにイタリアのやつが危ない、などというと素人風情がと怒られそうだが、でも今後はもう手を出さないようにしたい。というか自然派に詳しいあの人に飲んでみてほしい、ご意見を聞いてみたい…などと誰かの顔を思い浮かべたりした。


そうこうしているうちに、電車は箱根湯本に到着する直前、気付くと窓ガラスに雨があたりはじめて、やがて驚くような強い雨脚へと変わった。電車全体が水没したかの如くずぶ濡れになっているのが車内からわかった。予報どおり、台風の影響下に近付くようにと、我々が自らわざわざ突き進んでいるのだった。空はどんよりと分厚く雲に覆われ、景色全体がモノトーンになって、あれほど炎天の猛暑だった朝までの時間は、まるで夢だったかのように思われた。


しばらくして雨脚は弱まったものの箱根湯本からバスに乗ってからもずっと雨で、鬱蒼とした木々の下、蛇行する道路をゆっくりとなぞるように走るバスでポーラ美術館へ向かった。企画展はオディロン・ルドンで、正直あまり興味ないけど、まあ観ればそれなりに楽しいだろうとの予想通り、けっこう面白がってじっくりと時間をかけて館内を歩き回ることになった。ルドンの描くキャラクターっぽいモチーフにはほぼ興味ないのだが、何しろこの画家はまず色彩を色彩のままでは済まさずにある種の質を確保させるまでの工程を重ねて強い主張にまで昇華させるかのようで、版画の黒も黒としての存在感を強烈に主張するまで磨き上げられているし、パステルも顔料がほとんど物質的と言いたいくらいの定着で跳ね返すような強靭な発色だし、タブローも一見ゆるい雰囲気だけでまとめてしまうようでありながらも、よくよく見ると外側から厳しく形を攻めていたり、地塗り段階からいきなり中間層を飛ばして花弁としての色飛沫を躍動的に散りばめさせたりと、色々なアイデアで画面を活気付けようとしているのがわかる。色の趣味においても、特徴的な青、紫から橙、黄、赤へとバランス良く配色されているようでありながら、ルドンの場合なぜかあの独特なルドンとしか言いようのない色空間を成立させていて、どのような仕組みが動作しているのか、よくよく見ていると不思議に思われる。受け取りようによっては甘過ぎる印象とも言えるが、異なるアプローチの作品で突然垣間見せる、異様に精緻でシャープな形態把握力が、一見そのまま流れさってしまいそうな甘い画面においてもしっかり歯止めとして効いている感がある。というか形態の出し方についてはこれが同じ画家かと思うほどいくつか異なる捉え方を併せ持つ画家なのだな、と思った。


わりとくたびれてホテルに着いてさっそく温泉へ。雨はまだ降っていて、露天風呂は跳ね返ってくる雨の飛沫のおかげで、じっと湯船に浸かっているのも難しい。これまで訪れたなかでも一番の雨になったと思う。例によって入浴客は少ないのでニホンザルの如くいつまでも裸のまま、雨を避けて立ち昇る湯煙に身を晒していた。


このホテルに来たのは数年ぶりで、しかし食事もいつもの如くで、オードブル後のスープが運ばれるのをみて、先日DVDで観た「永遠の語らい」の船上レストランでの食事シーンを思い出した。各国の女性たちがお喋りに嵩じる中、スープ皿が運ばれてきて、女性たちの話を興味深げな表情で聞いているジョン・マルコヴィッチは、語り続ける相手に視線を合わせたまま、卓上のスプーンを取り上げ、さりげなくスープ皿に浸して口元へ運びつつ、場の話を中断させないようにさりげなく食事をはじめるのだった。あのスープの飲みかた。欧米の人たちの食器の扱い方は、上手下手ではなくて当然の所作という感じで…などと言いながら、ジョン・マルコヴィッチ風の仕草と表情でスープを飲むこの私をやって遊んだ。スープ用のスプーンは小ぶりで底もしっかりと深くて、ことさら意識しなくても、その掬った液体を口に運ぶのは比較的容易でしょう、わざわざ背を丸めて口を突き出すような仕草をする必要はありませんよ、などと向かいの席の相手に説明してあげている箱根のジョン・マルコヴィッチ。…そして、雨は一向に止む気配がない。降水量がすごいことになってやしないか。盛大に降り続く夜の雨を窓ガラス越しに見て水音を聞きながらの食事を終えて、部屋に戻ってふたたび温泉へ。いつものことながらほぼ無人。たまに誰か来る。老人が多い。しばらくすると、すぐ出て行ってしまう。まあ、自分が長風呂過ぎるのだ。タオルに包んだiPhoneでウェブを巡回したりして小一時間ばかり。雨の音はなおも続いている。寝る前にテレビを付けて天気予報を確認する。天候は明日も変わらない見込み。