2022-09-01から1ヶ月間の記事一覧

自由

年齢を重ねれば重ねるほど、ある意味、どんどん自由になっていくというのは、たしかに正しい言葉であるだろう。これまで囚われていた様々な条件や枠が、自分の身体からぼろぼろと剥離していって、自分に課していたいたはずの制限が緩くなり、歓びや不安を喚…

1997年刊行の、中井久夫「アリアドネの糸」に収録されてる「私の「今」」という文章のなかで、著者はこれまで生きてきた過去において、それを機に自分の認識する世界が「今」へと変わった、その境目の年が、自分にとっては三層あると述べている。一つ目が一…

まず私

まず私がいて、何かを感じたり、幸せを感じたり、悲しんだりする、、という前提を保留しなければならない。 まず私、それは、いない。そのときに想定している、あの「土台」はない。 あると感じるなら 意識は、区分への止みがたい欲望に突き動かされて、実在…

植物性と動物性

植物的な存在は固着的なものとして、運動性の本質的な乏しさを特徴とする生命である。これに対し動物的な存在は可動的なものとして、運動性との親和性は明らかである。植物は、自己保存の活動である栄養摂取と生殖を、さしたる動きをせずにおこなうことがで…

スズカケノキ

スズカケノキを見上げているときに感じられることこそ、ベルクソンが言おうとしていることに近いんじゃないかな…と、あまり根拠もなく考えたりする。 小石川植物園に行くたびに、あの木肌と、上空を屋根のように覆う枝葉の様子を見上げる。あの幹、木肌の表…

ツェッペリン様式

レッド・ツェッペリンを久々に聴いていた。ツェッペリンって、音楽でもあるけど、それ以上に、一つの発明だったのだな、、と。もともとのブルースの、あるセンテンスの繰り返しによって何かを語り歌うというブルース手法の、ある意味最終形態の発明だったの…

雪だるま

ドゥルーズによるベルクソン著作の選文集「記憶と生」を開いてすぐの「1持続の本性」より引用。「持続」をさしあたり把握するためには、これを繰り返し読んで考えるのがよさそう、と思われる箇所のほぼ前半。 たしかに私は、自分が変化する、と言っているが…

彼女のいない部屋

Bunkamura ル・シネマで、マチュー・アマルリック「彼女のいない部屋」(2021年)を観る。マチュー・アマルリックって、こんな気合い入った映画を作る人なのか…と、驚いた。主演のヴィッキー・クリープスが、一人で夫や子供の元を離れ車で逃避する場面からはじ…

夢を見て、それについて文章に書く場合、まず記憶にある出来事を順次、言葉であらわそうとする。その夢が面白かったとか退屈だったとか、そういうことは書かない場合が多い。ただし「自分がこんな夢をみるなんて」とか「自分はこんな幼稚な行動をしたがって…

映画で

映画において、ある登場人物が存在している(その人物が映されている)状態があり、その登場人物が、何事かを想像している状態(回想場面あるいは未来想像の場面が、映されている)があるとする。 映画を理解できるというのは、この二つを混乱することなく整理…

あの猫

駅から家までの道の途中、たまに見かける猫がいるのだが、今朝家を出たとき、その猫がいきなり目の前にいた。ええ?っと驚いて、でもとりあえず、すぐにスマホを出して撮影した。スマホを向けられた猫は、さささーっと逃げていったのだが、かろうじて枠内の…

雨が降ったり止んだりしている。窓際で外の空気を感じながら本を読んでいた。 雨脚が強くなり腕や顔の表面に雨の細かい飛沫を感じると窓の開け幅を狭めて、雨が弱まると元に戻したりしながら、窓際から動かずにいた。 台風のような気象状況下では、雨と晴と…

好きな音問題

くるりが「好きな音・気になる音」というテーマでメールを募集というラジオ番組をやっていた。それほどきちんと聴いてなかったのだけど、そういえば自分にとって、好きな音や、気になる音って、最近あるだろうかと思った。 そもそもPCとか録音物から出る音で…

みんなのヴァカンス

渋谷ユーロスペースでギヨーム・ブラック「みんなのヴァカンス」(2020年)を観る。おもしろい、楽しかった。今回の特集上映で見ることのできた過去作品も含めて、ギヨーム・ブラックのなかで僕はこれが一番好きかなと思う。まったくどこにでもある、何の変哲…

CORNELIUS 2009

2009年に発売されたコーネリアスのライブDVD「SENSUOUS SYNCHRONIZED SHOW」を久々に見た。やってることは、ほぼ同じとも言えるのに、予想以上に最近のコーネリアスのライブから受けるのと違う印象を受けたし、最近と当時とどちらが良いかと言えば、このDVD…

海のない場所

山形県に海はないでしょ?と、人前で普通に言ってしまった。相当恥ずかしい。しかしあらためて地図を見ると、日本の都道府県で海のない県って少数なのだな。と今更のように知って、ここでさらに恥をさらしてみる。山形はなんとなく、山梨に引っ張られてしま…

点描画

点描画は、画面に描かれているイメージと、それを目で見て感じ取るイメージのあいだに、ズレがある。点描画という方法は、つまりそれ自体が主題と言える。画面に描かれているイメージが、そのまま感受されるわけではなくて、それが視覚を通して、何かと混ざ…

知己

必要があり終日、昔の古巣みたいな場所で過ごした。誰もいない、狭いスペースで、リモートで他所とやり取りしながら業務を進めた。別のフロアには古い知り合いもいるし、途中ドア越しにちょっとだけ顔を見せてくれた誰彼もいたけど、無言のジェスチャーの挨…

時候

9月に入っても、まだ暑いですよね、と言われたり、最近、ようやく涼しくなりましたね、と言われたり、時候を主題とした話しかけの選択も今の時期は人それぞれになりがちで、そう言われたら、こちらは何と返せば良いのか、かすかに戸惑いながらも、まあたしか…

朝のニュース

アメリカの同時多発テロは、2001年9月11日の午前8時45分にはじまったのだが、時差のせいで、自分があれを当時テレビ中継を見ていたのは、日本時間午後9時頃からだったのだ。それを今更のように思い出した、というかあらためて知った。だから、思い出したとい…

記憶

たとえば、1+1=2という数式があって、ここには時間の流れがあるとする。1から、次の1へ移り変わって、そこにアクションが生じて、その結果2があらわれるという、物語でもあり時間の流れでもあるような、あるもっともらしく決まった取り決めのようなものが感…

一階のオートロック用の鍵と、自室のドアを開ける鍵の二つを持っているのだが、一階の鍵穴に鍵を差し込まなくても脇のボタンで決まった番号を押下すると開錠されるので、帰宅時はいつも自室ドア用の鍵しか使ってない。 うちは賃貸マンションで、僕はここに暮…

ベルクソン

ベルクソンについての本を読んでいて、それはじっさいのところ、ほとんどわからない…というよりほかないような体験だったりもする。おそらく哲学のほとんどがそのようなものだろうが、多くの要素の積み上げによって独自の論理構造が展開される。その前提とな…

西武国分寺線

高校のときは、西武国分寺線沿線を毎日行ったり来たりしていた。東村山、小川、鷹の台、恋ヶ窪、国分寺の5駅だ。この短い区間のあいだに高校や大学がいくつあったのかわからないし、しかもあの時代、今と比べたら桁違いに子供の数も多かっただろうけど、それ…

おれ、ねこ

朝、家を出る直前に、どこかの家の犬や猫が、どこどこ市にお住まいの〇〇さんです、とテレビで紹介されている。それを見て、今日は〇〇さんだな、と何となく頭の片隅に思いながら、玄関で靴を履いて、行ってきますと言って家を出る。 その犬や猫の名前、〇〇…

佐藤

日本映画専門チェンネルで手嶋悠貴「映画:フィッシュマンズ」(2021年)が放映されていたのを、何となく見ていて、見ているうちにその映像内に映し出されているものにからめとられて気分を支配されてしまい、すっかり沈鬱な精神状態にさせられてしまった。 と…

7月の物語

渋谷ユーロスペースでギヨーム・ブラック「勇者たちの休息」(2016年)と「7月の物語」(2017年)を観る。面白かった、しかし感想を書くのがなかなか難しい。でも最新の映画に共通するような、ある感触みたいなものを感じはした。それは僕個人の勝手な思い込みか…

能であること

銀座の観世能楽堂で第二十九回能尚会。番組は仕舞に続いて能「高砂」、狂言「箕被」、仕舞に続いて能「望月」。 そこには「高砂」とか「望月」といった物語があてはめられているが、能はおそらくその物語を語ろうとしていない。能は、たぶん能の時間をつくり…

売れない

会社で人が辞めるのよりも、バンドで人が辞めることのほうがキツイことなのだろうな。会社を辞めるのもたしかに人間関係の分裂なのだけど、会社の人間はそのへんあまり過剰な意味を読まない。あーそうなんだ今月までなのね、、という感じで別れる。しかしな…

高校

妹からメールが来て、姪が何かのテストだか検定試験だかを受けたとき、その会場がたまたま僕の母校の高校だったそうな。僕が高校を卒業したのは三十年以上前である。その数年後に、同校で教育実習をやった。面白かったのは、自分が卒業したときはまだ男子校…